私はピエロ

飲食店を営んでいた両親。


店にはKと呼ばれるおじいさんがよく来ました。

祖父の妹の夫でした。

Kは実業家で事業を成功させていた、いわゆるお金持ちです。


両親はKに話を持ち掛けられて

故郷である関西を離れ、北海道に引っ越しました。


どんな話があったかはわかりませんが、

いつも「Kにだまされた」とよくぼやいていて、

Kに譲渡されるはずの事業がなくなってしまったのかな~

と幼心に思っていました。


それでもKはよく我が家(飲食店)に来ていました。

Kが来ると、祖父母は大歓迎ムード。

私もよくその席に呼ばれました。夜何時だろうが。


Kは私が大好きで、

よく膝にのせてお酒を飲んでいたのを覚えています。

四角い輪郭と酔って真っ赤になった顔は

「赤鬼」を連想させ、好きになれない人でした。


そして酒が回ってくると、

必ず祖父は「Kさんのほっぺにキスをしろ」と言い、

祖母は私に酎ハイを一気飲みさせ、

大人たちはそれを見て大笑いしました。


ほっぺにキスをして喜ぶKのことは心底気持ち悪かったけど、

大人たちが喜んでくれるのが嬉しかったです。


両親はその時どう思っていたのだろう。

得意の見て見ぬふりを決め込んでいただろうか。

止めてくれることはなかったです。


私はピエロだ。


人の表情や感情を過度に読み、

場の空気を明るくするためには

自分が笑いものになっても構わない。


怒号や泣き声が多い家だったので、

笑っているその空気が私を安心させました。


そうやって生きてきた結果、「自分」がなくなり、

泣くも笑うも怒るもいまいちわからなくて

感情が鈍くなってしまいました。


特に喜びの感情が薄く、何にも心を動かされなかったです。

恋人からも感情が薄いといつも言われていたっけ…。


それでも、

ここで喜ぶ、ここで悲しむ、というタイミングは知っていたし、

どう振る舞えばいいかはわかっていました。


心が本当に揺り動かされるようになったのは

子供を産み、育てる過程でした。


私たちがピエロを見て、

おどけた表情の奥に隠される悲しみに不気味さを感じるように

私の母も私に不気味さを感じていたようでした。

この話はまた後日…。